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男は眼を閉ぢたまゝだつた。
そこから元来た路を引き返した房一は、行きがけには通りすぎた千光寺の山門を潜つた。広い人気のない寺庭には九月の日が明く冴えて、横手の庫裡くりに近い物干竿では真白な足袋が二足ほど乾いてぶら下つていた。そのしんとした庭の中をまつすぐに庫裡の方へ横切つてゆくと、いきなり
「ウシ!ウシ!」
「うん、何かア」
房一は刃物で突く恰好をしてみせた。
「はい、あの、切れて居りますが」
根津が箱根における化物話は、それからそれへと伝わった。本人も自慢らしく吹聴していたので、友達らは皆その話を知っていた。
と、一向にそんなことを知らない房一が云つた。
「うん、行くよ。――だが、夕方でいゝだらう」
「別に惜しいほどのことではありませんよ」つづけて、ふいに調子を変へると、
「さうだね。まさか医者の家に古障子の玄関といふわけにもいくまいね」
「さうですつてね」
「ふむ、ふむ」